教祖様・教母様

教祖様・教母様

サイトマップ
神霊教トップ
神霊教を開いた教祖様と教母様について
TOP神霊教の概要教祖様・教母様
教祖様・教母様
教祖様・教母様
教祖様
 宗教の創始者は、開祖・始祖・宗祖などと呼ばれます。神霊教では、開教者・大塚寛一先生を教祖様と呼んでいます。
 教祖様は、明治24(1891)年5月3日、徳島県の阿波にお生まれになりました。教祖様は幼少時より未来を見通し、周囲の病人を救い、多くの発明をしてこられました。 さらに10数年の長年月にわたり、日本内地をはじめ朝鮮、満州、蒙古、中国大陸に至るまで人跡未踏の深山幽谷を跋渉(ばっしょう)。ご自身に備わった御神力を試され、その登りつめた絶対境において、お生まれながらに備えておられる宇宙の根本理法を確認されたのです。
 そして、医学、教育、政治等のあらゆる分野で神の道をお説きになるとともに、史上前例のない奇蹟を主動的に起こしてこられました。教祖様は、昭和47(1972)年5月18日、天に戻られました。教団ではこれを御神座(ごしんざ)と呼んでいます。御神座後も、三世にわたる大奇蹟救済現象は連続して起こり、体験者は後を絶ちません

教祖様は、釈迦・キリストが予言した神人一体の救世主として日本に出現しました。その偉大さには、以下の点が挙げられます。
 他の宗教家や霊能者のような修行や啓示の結果ではなく、生まれながらに宇宙の真理を体得し、奇蹟を起こす力を持っていた。
 また、他の宗教から派生したのではなく、全く独自の教えを開き、奇蹟をもって真理を実証している。
 さらに、その力は指一本触れることなく人々を救済するとともに、動植物や無生物、環境にも奇蹟をもたらしている。

教祖様・教母様
教母様
 教祖様の御配偶者である教母様は、明治39(1906)年6月23日、長野県の伊那にお生まれになりました。御生家の宮下家は、仲哀天皇・神功皇后両陛下の御令孫、即ち第15代応神天皇の第二皇子・大山守皇子に始まるお家柄です。
 幼いころから「人助けをするような人になりたい」と願ってこられた教母様は、ご結婚後、教祖様の御神徳を最も早く感知され、人類救済に起(た)ち上がられることを再三にわたり懇請。教祖様はこれをお容(い)れになり、神霊教が誕生しました。以来、教母様は教祖様の大御心を体し、人々や社会の救済と神霊教発展のためにご献身の日々を送られました。
 教母様がお生まれになったとき、伊那からはるかに離れた四国、阿波の国・徳島県で、当時数え年で16歳だった教祖様は、「今、将来、私の妻になる人が生まれた」と語られました。第2次世界大戦の際、教祖様が国の指導者に建白書を送付して戦争に反対したときには、教母様は、尊い人命と国を救う思いにより、教祖様の御盾となって活動されました。言論統制の厳しい中にもかかわらず、逮捕も投獄もされませんでした。
 このように常に、教祖様と一体となって歩んでこられた教母様は、神霊教の開教後も常に、教祖様のお側にあって救済活動を行ってこられました。教祖様が昭和47年に御神座された後は、教母様が、平成13(2001)年まで、教団の代表また中心としてご指導をなさいました。神霊教は現在、教祖様の御教えと、教母様のご指導の下に発展を続けています。



▲page top

EnglishJapanese

お問合せ・ご質問フォーム
奇蹟TV